西日本新聞 聞き書きシリーズ 「ちゃんと、ごはん」 はじめに

西日本新聞(2013.04.01〜) より転載

1. ある日の食卓から (4/1掲載)

夜明け前の午前4時。いつもの時刻に起床したらマグカップに水を注ぎ、紅茶のティーバッグを入れてレンジで2分加熱。これに牛乳と砂糖を加えたミルクティーですっきりと目を覚まして一日の始まりです。 福岡市・薬院にある料理スタジオ「ムラカミサチコin福岡」は2階が料理スタジオで3階が事務所と住まいです。朝一番に掃除を済ませ、ひと仕事終えたら午前7時に朝食。ふっくらと炊き上げた玄米ご飯に納豆、みそ汁を緑茶とともにいただき、心身ともに充実した午前を過ごします。お昼は仕事場のスタッフと一緒。夕方までのエネルギーをしっかり補給するために豚カツにします。脂身を除いた豚肉をきつね色に揚げ、ポテトサラダは皮付きのジャガイモをポリ袋に入れてレンジで2分。袋に水を注いで冷ますと、手でつるんと皮がむけて手間いらずです。 昼がお肉なら、夕食はお魚。薬味を添えたカツオのタタキに玄米ご飯、ピーマンとシメジは下準備した後にレンジで2分加熱し、しょうゆ味のじゃこ煮にします。とても簡単でごはんが進みます。デザートはリンゴのコンポート(砂糖煮)と白ワインをグラスに2杯。午前0時には床に就き、明日への活力を養います。 私のある日の食卓をご紹介しました。何げない日常のようですが、ここには長い間考え抜いてきた食事と栄養、暮らしへの思いが凝縮されています。食事の総カロリーは私が提唱している「1日1600キロカロリー」に準じた1617キロカロリーで、これに夕食後のワインの190キロカロリーを足すと、成人の1日のエネルギー平均値1800キロカロリーにほぼ達します。塩分量は5・3グラムで、厚生労働省が言う塩分許容量7・5グラムを優にクリアした減塩メニューでもあり、かつ「野菜は肉の倍量」を守って生活習慣病を予防します。 食事は内容や量だけでなく時間帯も大事です。朝昼夕に3食取り、早寝、早起きの生活リズムを心がけること…と解説していくと少し教訓めいてきましたが、何よりも楽しく、軽やかに毎日を送りたい。そして、誰もが心身ともに健やかな毎日を送れたら。食べることが好き、それ以上に食べさせることが好き。三度のご飯より、料理が大好きな村上祥子の日々と、これまでの歩みをお話ししましょう。 (題字は村上さん)

 

2.出版ラッシュ (4/2掲載)

正直、予想もしなかったほどの反響でした。70歳を超えて、これまでの仕事の総仕上げと思ってレシピの電子化に精魂を傾けていたところ、糖尿病患者さんのために開発していた「たまねぎ氷(ごおり)」が昨年末から一大ブームになったのです。
たまねぎ氷って何?という方へ。作り方は簡単です。材料 タマネギ4個(正味1キログラム) 作り方 @タマネギは皮をむき上側と根は切り落とすAポリ袋に入れ口は閉じずに600ワットの電子レンジで20分加熱(袋の口を閉じると、破裂するので注意)B袋にたまった汁ごとミキサーに移すC水1カップを加え、とろとろになるまで回すDふた付き容器に移すE冷めたら製氷皿に流し入れ、ふたをかぶせて冷凍F凍ったら製氷皿から出し、ジッパー付きの保存袋などに入れ冷凍庫で保存。約2カ月は持ちます。
加熱しているので独特の刺激臭は消え、甘い風味が引き立ちます。煮ものや汁ものには凍ったたまねぎ氷をそのまま煮汁に加えます。溶かして卵がけご飯や納豆にかけても相性抜群。ポテトサラダに使うとつなぎのマヨネーズが少なくて済みます。インスタント食品に加えれば、栄養バランスを補うのに役立ちます。
タマネギには血糖値を下げる効果があります。糖尿病の方にはぜひおすすめしたいと思い昨年9月、JAグループを母体とする出版社「家の光協会」に提案して書籍化しました。すると続けてアスコム、永岡書店、成美堂出版、宝島社、主婦と生活社、世界文化社、辰巳出版…と次々に依頼が舞い込んできました。タマネギの幅広い効果に注目したようで、各出版社が糖尿病にとどまらず、がんや高血圧の予防、美容やダイエットにも効果的とうたい、レシピ本を発売しています。
まさに出版ラッシュ。料理書籍は同じ内容の本が出るほど相乗効果となり、ブームを呼ぶようです。2007年の国民健康・栄養調査によると、糖尿病の患者さんは全国で890万人。予備軍は1320万人に上ります。日本人に多い2型の場合は生活習慣の改善が治療の要で、その中心が食生活の管理です。簡単で手軽に野菜の栄養素を摂取でき、血糖値を下げるにはどうすればいいか。その切実な思いに応えたいと3年がかりで野菜のデータ分析を続けたのでした。 (聞き手 平原奈央子)

 

3.「たまねぎ氷」誕生 (4/3掲載)

糖尿病の患者の方はもともと食いしん坊さんが多いようです。それなのに、病院によっては1日の摂取エネルギー量を1200キロカロリーとするなどかなり厳しい食事制限を指示される場合もあります。一般的な成人の摂取エネルギーの目安は1日1600〜2200キロカロリーといわれます。摂取カロリーが極端に少ないと、病院生活なら十分でも日常生活ではエネルギーが足りず、仕事や家事をこなすことも難しくなります。そして「油物はだめ」「おやつは禁物」と我慢ばかりを続けるうちに、結局もとの食事に戻り、反動で食べ過ぎてしまうこともあります。
数字だけの栄養指導ではなく、人間らしく、おいしく食事できるようもっと柔軟に考えられないか。患者さんから病院食や退院後の現状を聞くにつけ、そんな思いに駆られていました。「低カロリーで野菜中心にすべきだけど、本当はおなかいっぱい食べたい」という食いしん坊さんの心理をうまく突いて、気が付かないうちに野菜を食べてもらい、満足感ある食事を提案しようと思いました。糖尿病専用のメニュー表もありますが、家では毎度の食事で、細かな調理は続けられません。簡単でないと、「毎日食べて」とは言えない。「野菜を食べよう」だけではインパクトが弱いのです。
さまざまな野菜の健康機能を検討した結果、タマネギに行き着きました。一年を通して価格が安定していて比較的安価でもあります。糖尿病の方々にお願いしてタマネギを1日50グラム、2週間取ってもらい、私のホームドクターの先生にエビデンス(臨床結果)の分析を依頼しました。すると、摂取後はインスリンの作用が高まり、糖代謝が活発化し血糖値を下げるという結果が出たのです。
毎日食べることが大切ですから、あらかじめ加熱調理し、使い勝手がいいよう製氷皿で凍らせてみました。あら、シャーベットのような形でかわいらしい。「たまねぎ氷(ごおり)」と名付けました。これなら毎回包丁で切るたびに涙を流さなくてもいいし、みそ汁の具や炒め物といった従来のタマネギ料理だけでなく、甘い味を生かしてミックスジュースやデザートにも使えてメニューの幅が広がります。手軽にできて、おいしい、だからこそ無理なく続けられる。これがブームの鍵と言えるでしょうね。
 

 

4.食は情報産業 (4/4掲載)

ブームは必ず去るものです。どんなに話題になっても新しい情報が次々と現れ、消えていきます。放送やインターネットの発達で情報が大量発信される現代は、食に関しても商品やレシピ、美容・健康効果などあらゆる情報が氾濫しています。「食は情報産業」と言っても過言ではありません。台所に立ち、決まった料理を教えるだけでは料理研究家は務まりません。時代のニーズを読み、新発想の「食の形」を生み出すのが私の仕事であり、使命です。
新しい発想を生むためには自分自身、普段から多くの情報に触れておくことが必要です。何もないところからアイデアは突然発生しませんよね。実は、私の料理術の根本は情報の収集・管理にあるんです。「一にコツコツ、二に記録、三、四がなくて五に頭」と研究者の世界では言いますが、料理研究家になろうと決めたとき、個人的な好みは脇へ置いて、食につながることなら何でも集めておくことにしました。新聞記事、広告、ラーメン屋のチラシ、週刊誌の投書や機内誌の特集、栄養学会の報告…と、何でも。気がつけば食だけにとどまらず、経済や文化、社会問題までピンときたり、心に響いたりした情報はスクラップしておく癖がつきました。後で何のための資料だったか分かるよう赤線を引いたり掲載日をメモしたり、記憶をたどる手がかりを残しておきます。とにかく活字大好きのメモ魔、切り抜き魔なのです。見出しを張って用紙に貼り付け、整理するうち、レシピも含めるとバインダー4千冊分になりました。この蓄積をもとに次なる発想を生み出します。  
もうひとつ、情報化社会で思うことがあります。たくさんの情報、たくさんの食べ物があふれる今は、何をどれだけ食べればいいのかを見極め、選ぶ力が必要です。テレビ番組などで「これがいい」と取り上げられた食品が、飛ぶように売れることがありますね。上手に自分の食生活に取り入れるのが大事ですが、バランスを考えずに過剰に摂取してしまう現象も問題視されています。「フード・ファディズム」というそうです。情報学では「メディア・リテラシー」という言葉がありますが、情報を主体的に見抜き、活用する力は食生活を営む上でもとても大切です。私はこれを「食べ力」と呼んでいます。

 

5.休憩知らずの魔女 (4/5掲載)

福岡市中央区にある料理スタジオ「ムラカミサチコin福岡」は丸くて赤い看板が目印です。真ん中には、ほうき代わりのスプーンとフォークに乗って、つんとすました魔女が描かれています。新刊に「じゃんけんのすきな女の子」(キッズ文学館)がある挿絵作家の大社玲子さんが描いたマークですが、私、時々「魔女」なんて呼ばれるのですよ。
今は東京と福岡にスタジオがあるので、多いときでは週に3回、飛行機で往復します。私の辞書には「休憩」という文字はありません。自称「空飛ぶ料理研究家」。睡眠時間は4時間ほどですが、移動時間でも書き物や読書に熱中して、「ほっと一息」とはなりません。仕事は自分でつくるもの。待っていても何も来ませんから、自分でアイデアを持参して企画を立ち上げます。料理の先生は、何でも屋さんでないといけません。調理だけでなく写真や編集、企画、メールの送受信…。「これありますか」と言われれば、すぐに「はいどうぞ」とお答えするスピード感が求められます。
先日、福岡市内で介護食の実習をしたのですが、講習後も受講生の方々から質問が相次ぎました。「夫の啓助さんのお昼ご飯をつくらないといけませんから、今日はこれで」と言うと、最後にもう一つ質問が。「先生は一体、おいくつなんですか」。笑顔で「ご想像にお任せします」とお答えましたが、2月で71歳になりました。「若く、美しく、元気に」が私のモットーです。料理研究家、管理栄養士たるもの、自分が生き生きとしていなければ説得力がありませんもの。「交通費さえクリアできればどこにでも」とお伝えし、全国津々浦々、「食は命」の思いを届けにはせ参じます。
新聞連載で読んだ演出家・蜷川幸雄さんの暮らしぶりが心に残っています。70歳を過ぎても大型バイクを乗り回し「パンクじいさん」を自称しているとか。私もいくつになっても、ハイヒールでカッカッと闊歩する「パンクおばあさん」を目指します。いつも明るく、ちょっと気取って、ほどよく自分にいい気分になっていたい。少し、うぬぼれて生きているぐらいがいいんです。人生のいろんなステージで生き方を変化させながらも、生涯現役を通し、立ち止まることなく最後の日を迎えたいものです。