第6回 電子レンジで”実験”続く

読売新聞「シリーズ元気」(2003.02.12)より転載


村上祥子を料理の世界で一躍有名にしたのは電子レンジを使った料理だ。
1970年代に家庭に普及し始めた電子レンジを、村上はさっそく購入した。調理時間が秒単位になる「夢の調理器」。
しかし、当初は慣れない道具に悪戦苦闘した。
「マフィンの外側はきれいに焼けているのに、中は雷が落ちたみたいに真っ黒……」。野菜を加熱してみても、硬かったり軟らかすぎたりと、ばらつきが大きかった。
夫の啓助から「電子レンジなんて捨ててしまえ」とまで言われた。
それでも、探求心は、とどまることを知らず、料理“実験”に挑み続けた。
ある日、甘酒作りに使えないかと思いついた。
甘酒はご飯に米こうじを混ぜ、発酵させて作る。
これまでは発酵させるために、コタツの中に入れておいた。だが、うっかりして、ひっくり返すことがたびたびあった。電子レンジで発酵させたらどうだろう。
これが大成功。「有名な甘酒屋さんのようにおいしくできたのよ」。
“電子レンジの手品師”への一歩を踏み出した。

村上は、最初は電子レンジに“偏見”を持っていた。いろいろ使える便利な道具である反面、「手抜きの道具」と思えたからだ。
だが、三十代後半からの病気体験がその見方を変えた。主婦の自分が入院で家をあけると、夫も子どももまともな食事を作ることができない。
「家族の健康のためになるなら、便利なものは何でも使おう」。電子レンジで作る簡単な料理を次々と考え、家族に教えた。
例えば、「温奴(おんやっこ)」。昆布の上に豆腐を乗せて加熱すればできあがりという、ごく簡単な料理だ。少量の野菜の煮物作りにも、電子レンジが威力を発揮した。
当時、非常勤で教えていた福岡女子大の学生たちにも、活用方法を伝授した。大学に電子レンジがあまり備えられていなかったので、自分の家から抱えて持っていった。
料理をほとんどしたことがなかった若い学生たちだったが、「突然できるようになっちゃった」。

甘酒ができるなら、発酵に手間がかかるパン作りだってできるはずだ-そう思った村上は、すぐに“実験”を始めた。
だが、うまくいかない。何度も何度も工夫して繰り返した。
ある日とうとう思い描いた通りのおいしいパンが出来上がった。「何かの拍子に水の量を大幅に増やしたら偶然できたので、びっくりした」 気がつけば、電子レンジを使い出してから二十年近い歳月が流れていた。(敬称略)
(生活情報部・小坂佳子・読売新聞より転載)

写真=村上は、今や電子レンジを使った料理はお手の物。いろいろな料理作りに活用している
(第7回へ続く)